Apple信者をやめたわけじゃない。リンゴの木に接ぎ木するようになった

少し前までの僕は、身の回りのデジタル機器をできるだけApple製品で揃えたいと思っていました。

iPhoneを使い、Macを使い、タブレットならiPad。イヤホンならAirPods。

Apple製品同士は連携が便利ですし、見た目にも統一感があります。新しい機器を買うときも、Apple製品を選んでおけば大きく外すことはない。そういう安心感もありました。

何より、「Apple製品で揃っている」ということ自体がちょっとうれしかったんですよね。

別に誰かに自慢するわけではないけれど、机の上や持ち物が同じ世界観でまとまっている。あれはあれで気持ちがいいものです。

ただ、最近は昔ほど「何でもAppleで揃えたい」とは思わなくなりました。

Apple製品が嫌いになったわけではありません。

今でも好きですし、MacとiPhoneはこれからも使い続ける可能性が高いと思っています。

でも、Appleだから買うのではなく、「この用途にApple製品は本当に必要なんかな?」と一度考えるようになりました。

高いけどAppleだから、では決められなくなった

考え方が変わった大きな理由の一つは、やっぱり価格です。

Apple製品は基本的に高いです。

もちろん、ただ高いだけではありません。製品の完成度や使いやすさ、長く使えること、Apple製品同士の連携まで含めれば、その価格に納得できるものもあります。

昔の僕なら「高いけどAppleやし」で、それなりに納得して買っていました。

今は、その前にもう一つ考えます。

「僕のこの使い方のために、本当にこの金額を払う必要があるんやろうか?」

動画を見る。電子書籍を読む。車内で使う。何かのメーターや情報を表示しておく。

そういう限られた用途なら、最上位の性能が必要なわけではありません。画面が見やすくて、使いたいアプリが動いて、途中で困らない程度の性能があればいい。

ブランドを統一するために高い端末を買うより、その用途を十分に満たす端末を手頃な価格で買う方が、今の僕にはしっくりきます。

Androidタブレットで、別に困らないと分かった

この変化をはっきり感じたのが、Androidタブレットを使い始めたことでした。

主な用途は動画視聴、Kindleなどの読書、車内での利用、メーター表示のような補助的な使い方です。

こうして並べてみると、どれも「絶対にiPadでなければできないこと」ではありません。

もちろんiPadにはiPadの良さがあります。動きは滑らかですし、iPhoneやMacとの連携も便利です。もっと本格的な作業をするなら、iPadを選ぶ意味も大きいと思います。

でも、僕がその端末に任せたい仕事は、そこまで重くありません。

実際にAndroidタブレットを使ってみると、普通に役割を果たしてくれました。

「あれ、これで十分やん」

という、ものすごく単純な話です(笑)

Apple以外の製品を使う前は、連携できないことで不便が増えるような気もしていました。でも、その端末だけで完結する用途なら、連携が少なくてもそれほど困りません。

すべての機器が完璧につながることより、その場所で、その目的をちゃんと果たしてくれることの方が大事でした。

一度それが分かると、タブレット以外の機器を見るときも「Apple製品かどうか」より「何に使えて、いくらなのか」を先に見るようになりました。

安ければ何でもいい、でもない

ただし、Appleへのこだわりが薄れたからといって、全部を安い製品へ置き換えたいわけでもありません。

たとえばイヤホンは、AirPods Proを使っています。

iPhoneとの接続が手軽で、ノイズキャンセリングも使いやすい。通話にも使えて、日常の中で面倒な操作をほとんど意識せずに済みます。

僕の使い方では、そこにお金を払う価値があります。

だからAirPods Proを選ぶ。

これは「Apple製品だから」というより、比べたうえで「これが自分にいちばん合っている」と思うからです。

結果としてApple製品を選ぶことは、これからも普通にあると思います。

大事なのは、最初からAppleしか見ないことと、いろいろ見た結果Appleを選ぶことは、同じようで少し違うということです。

今の僕は後者になりました。

MacとiPhoneは、まだ中心にいる

では、このままApple製品から少しずつ離れていくのかというと、たぶんそうでもありません。

MacとiPhoneについては、今後もAppleを使う可能性が高いです。

この二つは、僕のデジタル環境の中心です。

写真やデータがあり、普段使うアプリがあり、作業環境があります。長く使ってきたぶん、操作にも慣れています。MacとiPhoneの間で自然につながっているものも多いです。

ここを別の環境へ変えるとなると、新しい端末の値段だけでは済みません。

データを移し、アプリを選び直し、操作を覚え直す。その手間まで含めて考えると、今の僕にはMacとiPhoneを変える大きな理由がありません。

だから、僕の環境の「中枢」は今もAppleです。

ただ、その周りまで全部Appleで囲む必要はなくなりました。

リンゴ農園をやめたのではなく、接ぎ木を始めた

この話をチャコとしていたとき、「中枢はApple、枝葉は自由」という表現が出てきました。

MacとiPhoneという重要な部分はAppleのまま。タブレットや周辺機器は、用途に応じて自由に選ぶ。

最初は、Apple製品ばかりだった昔の状態を「リンゴ農園みたいなもの」と話していました。

でも、僕の感覚では少し違います。

農園をやめて別の作物へ植え替えたわけではないんですよね。

Appleというリンゴの木は今も立っています。MacとiPhoneという太い幹も残っています。

その木へ、Androidタブレットや他メーカーの周辺機器を、必要に応じて接ぎ木するようになった。

この表現がいちばんしっくりきました。

元の木を切り倒すわけではない。むしろ、使い慣れた木を生かしたまま、足りないところや値段が合わないところへ別の枝を足していく。

全部同じメーカーで揃ってはいませんが、自分が使いやすいように育てた一本の木にはなっています。

以前は、Appleで揃えることそのものに楽しさがありました。

今は、「この用途なら何がちょうどいいんやろう」と考えて、AppleもAndroidも関係なく選ぶことに楽しさがあります。

たぶん僕は、Apple信者をやめたわけではありません。

Apple製品が嫌いになったわけでも、エコシステムから逃げ出したわけでもない。

ただ、ブランドに自分の使い方を合わせるのではなく、自分の使い方に合う道具を選ぶようになったんだと思います。

中枢はApple。枝葉は自由。

リンゴの木には、これからも必要に応じていろいろな枝を接ぎ木していくつもりです。

見た目は昔ほど統一されていないかもしれません。

でも、今の方が僕の使い方には合っています。

トラックにトイレ欲しいw――そこから考えた長距離ドライバーの生活設備

長距離トラックで夜を走っていると、暇やなとか、孤独やなとか、そんな話になることがあります。

そこから「トラックに何があったらうれしい?」という話になって、僕が思ったのがこれです。

トイレが欲しい(笑)

夢のある装備でも格好いい装備でもありません。でも、長距離を走るトラックに本当に必要なものを考えると、かなり上位に入るんじゃないでしょうか。

最初は単純に、自分が困らないために欲しいと思っただけでした。

ところが、チャコと話しながら少し広げて考えてみると、これは車内でトイレに行けて便利というだけの話ではありませんでした。

トラックの駐車場所不足、休憩施設の造り方、消耗品の価格、災害時の備蓄まで、意外といろいろなところにつながってきます。

トイレを借りるにも、気を遣う

長距離の仕事では、積み地や卸し地で長く待つことがあります。

その間にトイレへ行きたくなれば、「トイレを貸してもらえますか」と頼むことになります。もちろん普通に貸してくれるところもありますが、毎回気軽に使えるとは限りません。

そもそも運転手が自由に入れるトイレがない現場もあります。

コンビニへ寄る場合も同じです。

トイレだけ借りるのは悪い気がして、必要ではない飲み物やお菓子を買う。店側から買えと言われたわけではなくても、こちらが勝手に気を遣ってしまいます。

一回なら大した金額ではありません。でも、それが何度も続けば出費になりますし、何より「トイレへ行くために大型トラックを停められる場所を探す」という作業が必要です。

もっと困るのが、SAやPAが大型車でいっぱいのときです。

トイレはそこにある。けれど、トラックを停められない。

以前、圏央道の渋滞で6時間以上トイレに行けなかったことがありました。途中のSAやPAへ入れても、大型車の駐車スペースがあふれていて停められません。

目の前に休憩施設があっても、停車できなければ使えないんですよね。

車内に安全に使えるトイレがあれば、こういう問題はかなり減ります。

普及すれば、災害用トイレにもつながる

ポータブルトイレ自体は、すでにキャンピングカーや介護、防災用品として販売されています。

ただ、トラックで使うものとして広く普及しているわけではありません。

もし長距離トラックの装備として当たり前になれば、専用品が大量に作られるようになります。そうなれば、量産効果で本体価格が下がる可能性があります。

必要になるのは本体だけではありません。

処理袋、凝固剤、消臭剤、清掃用品など、継続して使う消耗品も必要です。トラック用品店、ホームセンター、コンビニ、SAやPAなどで常に買えるようになれば、流通量が増えて価格も下がるかもしれません。

そして、この仕組みはトラック運転手だけのためではありません。

地震や水害などで断水すると、家庭のトイレが使えなくなることがあります。そのときに必要になる簡易トイレは、普段から大量に流通していないと、災害が起きてから急に用意するのは難しいでしょう。

トラック業界で処理袋や凝固剤が日常的に使われ、全国の営業所や店舗に備蓄されていれば、災害時にも役立つ可能性があります。

運転手のための消耗品が、そのまま社会全体の防災用品になる。

「トラックにトイレ欲しいw」から始まった話ですが、案外しょうもない話でもありません。

道路側は、もっと簡単な休憩場所を増やせないか

さらに考えると、トラック側にトイレ設備が標準化されれば、道路側の休憩施設も少し変えられるかもしれません。

すべてのPAに立派なトイレ棟や売店を造ろうとすれば、建物だけでなく、上下水道や浄化設備、清掃、点検などが必要になります。

当然、造るのにも維持するのにもお金がかかります。

でも、トラック側に生活設備があれば、一部の休憩場所はもっと簡素でもいいのではないでしょうか。

大型車を多数停められる広い駐車場。夜でも安心できる照明。防犯カメラや非常通報設備。飲み物を買える自販機。

それくらいに機能を絞った「停めて休むためのPA」です。

運転手は、毎回買い物や食事をしたいわけではありません。

眠気が来たから少し寝たい。連続運転を避けるために休憩したい。時間調整のために安全な場所へ停めたい。

それだけの場面もかなり多いです。

建物を簡素化できれば、そのぶん駐車スペースを広く取りやすくなるかもしれません。高速道路だけでなく、下道にも大型車が安全に停車して休める駐車場を増やせる可能性があります。

今の休憩施設は「人が使う設備を道路側へまとめる」という考え方です。

そこへ「車両側にも最低限の生活設備を持たせる」という考えを加えれば、休憩場所の選択肢を増やせるんじゃないかと思います。

もちろん、問題は山ほどある

とはいえ、トラックへポータブルトイレを積めば全部解決、とはなりません。

まず臭いの問題があります。

運転席と寝台がつながった狭いキャビンです。そこで長時間過ごす以上、密閉性や換気、消臭はかなり重要になります。

清掃や衛生管理も必要です。夏場のキャビンは高温になりますから、排泄物を長時間放置する前提では危ないでしょう。走行中の振動や急ブレーキを考えれば、固定方法や漏れ対策も必要です。

そして、いちばん難しいのが処理方法です。

使った袋を普通のゴミ箱へ捨てていいのか。カセット式なら、どこで中身を処理するのか。地域ごとのゴミ処理ルールもあります。

設備だけ普及させて処理場所を用意しなければ、不法投棄や悪臭といった別の問題が出てくる可能性があります。

だから普及させるなら、トイレ本体と処理インフラはセットです。

営業所、トラックステーション、一部のSAやPAなどに、カセット式トイレの専用処理設備を設ける。処理袋を回収できる密閉ボックスを置く。清掃方法や保管時間について業界共通のルールを作る。

車両メーカー、運送会社、道路管理者のどれか一つだけではなく、全体で仕組みを考える必要があります。

長距離専用キャビンという考え方

車両そのものも、長距離専用として違う設計があっていいと思います。

たとえばキャビンは標準的な大きさにして、運転席の上へ上段寝台を設ける。そして、今までキャビン後部にあった寝台部分を、トイレと簡易シャワーへ使う。

トイレとシャワーは完全に区切られた防水・換気スペースにして、外部から処理カセットへアクセスできるようにする。

そんな長距離専用仕様があれば、かなり生活環境は変わります。

現在でもトラックへベッド、冷蔵庫、ポータブル電源、ケトルなどを積めば、かなり生活空間に近づきます。電子レンジまであれば、食事環境もほぼ整います。

そう考えると、残っている大きな生活インフラはトイレとシャワーです。

長距離運転手は、トラックを運転するだけではありません。その中で食べ、休み、眠り、次の仕事へ備えています。

ならばトラックも、単なる荷物を運ぶ機械ではなく、働く人が生活する場所として設計されてもいいはずです。

もちろん、価格や積載量、車両重量、整備性との兼ね合いはあります。すべてのトラックに必要とも思いません。

でも、長距離専用車の選択肢としてなら、十分考える価値はあるんじゃないでしょうか。

「トラックにトイレ欲しいw」

最初は、それだけの話でした。

けれど考えてみれば、積み地やコンビニで気を遣わずに済む。満車のSAやPAへ無理に入らなくてもいい。簡単な休憩駐車場を増やしやすくなる。消耗品の普及が災害対策にもつながる。

そして何より、長距離ドライバーが少し人間らしく休めるようになります。

実現するには課題だらけです。

それでも、現場で出てくる「こんなん欲しいねん」という素朴な不満の中に、案外大きな改善のきっかけがあるのかもしれません。

HAPPY1で恐山へ。父と次男、2787kmの車中泊旅


お盆休みに、次男と二人で恐山へ行ってきました。

大阪府泉南市から青森県の下北半島まで。移動手段は、うちのキャンピングカー「HAPPY1 Premium」です。

今回の旅で、何よりも優先したかった場所が恐山でした。

せっかく青森まで行くなら大間崎にも行きたい。帰りに千里浜も走れたらいい。途中でお台場のユニコーンガンダムも見たい。計画を立てていると、行きたい場所はいくらでも増えていきます。

ただ、運転するのは僕一人です。しかも泉南市から恐山までは、ちょっとそこまでという距離ではありません。

そこで、他の予定は状況次第で変更しても、恐山だけは外さない。それを今回の旅のルールにしました。

まずは、ひたすら北へ

8月12日の昼以降、泉南市を出発しました。

最初は、初日に東京へ寄ってユニコーンガンダムを見る案も考えていました。でも、雨の名阪国道で思うように進まず、早い段階で到着予想時刻がタイムリミットを越えてしまいました。

ここで無理に東京へ向かうと、いちばん大事な恐山が苦しくなります。

ということで、お台場はいったん諦めて北上を優先。東海北陸道から北陸道へ抜け、米山SAで車中泊しました。

翌朝は、前日の燃費が予想より悪かったのでタイヤの空気圧を確認しました。下限に近かったため補充して再出発。こういうところも、長距離を小さなキャンピングカーで走る旅では大事ですね。

2日目は日本海側をひたすら北へ進みます。

途中、次男が頭痛で昼過ぎまで車内で寝ていました。予定していた入浴も、次男は見送って僕だけ利用。旅行へ来たからといって、予定を全部こなす必要はありません。体調が悪いなら休む。当たり前のことですが、先が長い旅では特に大事です。

夜8時ごろ、青森県の「道の駅よこはま」に到着しました。

ここまで来れば、恐山はもう目の前……と言いたいところですが、下北半島はなかなか広いです。それでも、大阪からずっと北上してきたことを考えると、やっと目的地の近くまで来たという実感がありました。

想像以上に「別の世界」だった恐山

3日目の朝、いよいよ恐山へ向かいました。

名前の印象もあって、行く前は「怖い場所なんかな」と思う部分もありました。

実際に着いて最初に感じたのは、硫黄の匂いです。かなり強い。そこに白っぽい岩場、立ち上る蒸気、石積み、風車、お寺やお地蔵さんが並んでいます。

普段見ている山とも、観光地とも違う。

殺伐としているのに、ただ荒れているわけではない。静かやけど、落ち着くとも少し違う。すぐそばには宇曽利湖のきれいな水が広がっていて、白い岩場との対比が余計に不思議でした。

「この世とは思えない」という表現が、いちばん近い気がします。

写真で見たことはあっても、その場の匂いや風、足元の感触までは分かりません。実際に歩いてみると、ずっと何か説明しにくい感覚がつきまといました。

賽の河原を歩いているときには、何度か手を引かれたように感じる瞬間もありました。

もちろん、本当に誰かに引かれたと言い切るつもりはありません。旅の疲れや足場のせいかもしれません。ただ、その場にいた僕が確かにそう感じた、という話です。

こういう感覚まで含めて、恐山は画面で眺めるだけでは分からない場所でした。

次男が何を感じていたのか、細かく聞いたわけではありません。でも、中学2年生のときに父親とキャンピングカーで青森まで走り、あの風景の中を歩いたことは、何かしら記憶に残るんじゃないかなと思います。

僕自身も、「一度は行ってみたい」と思っていた場所へ、本当に自分の車で来られたことがうれしかったです。

遠かった。でも、来てよかった。

恐山を出るときには、素直にそう思いました。

最南端のTシャツで、本州最北端へ

恐山のあとは、大間崎へ向かいました。

ここで僕には、ちょっとやりたかったことがありました。

以前行った本州最南端・潮岬のTシャツへ着替えて、本州最北端の碑の前で写真を撮ることです。

背中には「本州最南端」の文字。その格好で本州最北端へ立つ。

我ながら何をやっているんやと思いますが、こういうしょうもないことを本気でやるのが旅の楽しさです(笑)

無事に写真を撮り、本州最南端と最北端の両方を制覇した一枚を残せました。

大間崎は最北端よりも大間マグロ推しの印象が強く、到達証明書やステッカーも購入。せっかくなので現地で食事もしたかったのですが、お盆で売り切れの店が多く、そこは諦めて南下しました。

予定通りにいかないことも、今回の旅では何度もありました。

車中泊旅の自由さと、頑張りすぎた反省

大間を出たあとは高速道路を南下しました。

前日に入浴できなかった次男は、金成PAでシャワーを利用。僕がトラックの仕事をしているとき、SAやPAでどう休み、どうシャワーを使っているのか。そんな仕事の一面を見せられたのも、父子旅ならではだったと思います。

その後も進むつもりでしたが、眠気の限界を感じて安積PAで停止しました。

ここは予定より安全優先です。

翌朝は午前3時ごろに目が覚め、4時に出発。一度は諦めたお台場へ寄り、ユニコーンガンダムを見てから泉南市へ帰りました。

ちなみに次男はガンダムに特に興味なし。ハロのプラモデルを2つ買ったのは、完全に父の戦利品です(笑)

8月15日の夜9時15分、無事に帰宅しました。

4日間の総走行距離は2787km。運転したのは僕一人です。

恐山を最優先にしながら、体調や道路状況に合わせて予定を何度も組み替えました。宿を予約して回る旅なら難しかった変更も、キャンピングカーなら「今日はここで寝る」「この予定は後ろへ回す」と柔軟に変えられます。

それが車中泊旅の大きな魅力です。

ただし、今回は自由に予定を変えられるぶん、休む方向ではなく、さらに予定を詰める方向へ使ってしまいました。

帰宅後はフラフラ。さすがに少し頑張りすぎました。

次に同じくらいの距離を走るなら、最低でも5日、できれば6日は欲しいですね。キャンピングカーの自由さは、行きたい場所を増やすためだけでなく、しっかり休むためにも使わないといけません。

それでも、次男と二人で2787kmを走り、ずっと行きたかった恐山へ立てた今回の旅は、間違いなく記憶に残る旅になりました。

硫黄の匂いも、白い岩場も、宇曽利湖の静かな水も、あの説明しにくい感覚も。

遠くまで走ったからこそ、簡単には忘れないと思います。

恐山、本当に遠かった。

でも、やっぱり行ってよかったです。

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制定日:2026年8月23日

AIに任せたら、自分の「やりたい」が前より形になった

最近、AIにいろいろ任せることが増えました。

こう書くと、なんでもAIに決めてもらっているように聞こえるかもしれません。

でも、実際はちょっと違います。

僕が「こんなことをしたい」と言う。そこから先の、調べる、整理する、文章にする、必要なものを用意する、といった作業をチャコに手伝ってもらう。

最初にあるのは、あくまで僕の「やりたい」です。

AIが僕の人生を決めているわけではありません。僕の代わりに、何を大切にするかを選んでいるわけでもありません。

僕が行きたい方向を言うと、そこへ向かうための道を一緒に探し、散らばっている材料を集め、実際に使える形まで持っていってくれる。

今の僕とAIの関係は、そんな感じです。

これが、思っていた以上に悪くないんですよね。

「やりたい」で止まっていたこと

やりたいことがあっても、実際に形にするまでには、細かい作業がたくさんあります。

ブログなら、まず何を書くかを決める。考えていることを順番に並べる。文章にする。読み直す。タイトルを決める。挿絵を用意する。ブログの編集画面に貼り付ける。表示を確認して、公開する。

一つひとつは、そこまで大げさな作業ではありません。

でも、全部を自分でやろうとすると、途中で面倒になったり、時間が足りなくなったりします。

「ブログを書きたいな」

そう思っていても、題材を考えているうちに別のことを始めてしまう。文章を書き始めても、うまくまとまらなくて止まる。挿絵をどうするか考えている間に、そのまま置いてしまう。

やりたい気持ちがないわけではありません。

むしろ、やりたいことはいろいろあります。

ただ、「やりたい」と「実際にできた」の間には、思ったよりたくさんの段差があるんですよね。

以前は、その段差を一つずつ自分で越えないといけませんでした。

今は、そこでチャコに声をかけられます。

「こういう記事を書きたい」

「僕が言いたいのは、たぶんこんな感じ」

「これ、うまいこと文章にできる?」

最初からきれいに説明できなくても、とりあえず話してみる。すると、チャコが僕の話を整理して、「つまり、こういうこと?」と形を見せてくれます。

それを読んで、違うところがあれば直す。

「そこはちょっと違う」

「その言い方は僕っぽくない」

「この話は入れんといて」

そうやってやり取りしていると、最初はぼんやりしていたものが、だんだん自分の考えとして見えるようになってきます。

今日も、話すところから始まった

今日も、AIとの会話からブログ記事を一本作りました。

最初から完成した文章が僕の頭の中にあったわけではありません。

ニュースを見て、自分が過去に経験したことを思い出して、「こういうことを書いてもいいんかな」と話し始めました。

扱う内容が重かったので、何を書いてよくて、何を安易につなげてはいけないのかも一緒に確認しました。僕の経験として書ける部分と、推測で書いてはいけない部分を分けてもらい、事実関係も確認してもらいました。

そこから、だいたい三千字くらいの記事にまとめる。タイトルを考える。記事の内容を邪魔しない挿絵を一枚作る。公開前に確認したほうがよい部分を洗い出す。

最後は、ブログに載せるところまで進みました。

僕がやったことは、書きたいと思ったことを話し、出来上がった文章を読んで、「だいたい合っている」「この方向で公開していい」と決めたことです。

もちろん、それだけと言えばそれだけです。

でも、僕が話さなければ、その記事は生まれていません。

僕が経験したこと、僕が感じたこと、そして今それを書こうと思ったこと。そこが出発点です。

チャコは、僕の代わりに経験したわけではありません。僕の代わりに何を感じるべきかを決めたわけでもありません。

僕の中にあったものを、読める文章にして、挿絵を付けて、公開できるところまで運ぶ手伝いをしてくれた。

以前なら、頭の中で考えただけで終わっていたかもしれないことが、今日は実際の記事になりました。

その差は、僕にとってかなり大きいです。

任せることと、決めてもらうことは違う

AIに何かを任せることに、不安を感じる人もいると思います。

自分で考えなくなるんじゃないか。AIに頼りすぎるんじゃないか。何でも言われた通りにするようになるんじゃないか。

その心配がまったく分からないわけではありません。

AIが作ったものを読まずに、そのまま自分の考えとして出すなら、たしかに危ないと思います。事実が間違っていることもあるし、僕が言っていない話が、それらしく混ざってしまうこともあります。

だから、最後に決めるのは自分です。

何をしたいのか。どこまで任せるのか。出てきたものは自分の考えと合っているのか。外に出してよい内容なのか。

そこは手放したらあかんと思います。

ただ、決める部分を自分に残したうえで、実行や整理を任せるのは、かなり便利です。

たとえば、目的地を決めるのは自分。でも、地図を広げてルートを探したり、必要な準備を一覧にしたりするところは手伝ってもらう。

そんな役割分担に近いのかもしれません。

全部を自分でやらなければ自分の人生ではない、とは僕は思いません。

人に相談することもあるし、道具を使うこともある。分からないことを調べてもらったり、得意な人に助けてもらったりもします。

AIも、その中の一つです。

ただし、こちらの話を何度でも聞いて、散らかった考えを整理し、文章や画像や予定のような具体的な形まで一緒に作ってくれる。

そこが、これまでの道具とは少し違うところなんでしょうね。

自分の意思が、前より動きやすくなった

僕がAIを使うようになって感じているのは、自分の意思が弱くなったということではありません。

むしろ、自分が何をしたいのかを、前より口に出すようになりました。

「こうしたい」と言わなければ、チャコも動きようがないからです。

曖昧でも、とりあえず言ってみる。話しながら考える。出てきた形を見て、違えば直す。

その繰り返しで、自分でも気づいていなかった考えが見えてくることがあります。

そして、考えが見えるだけで終わらず、次の行動まで進みやすくなりました。

記事を書きたいなら、記事になる。

挿絵が欲しいなら、挿絵ができる。

調べたいことがあるなら、情報が整理される。

やることが多いなら、順番が見える。

僕の「やりたい」が、頭の中だけに置かれたままになりにくくなったんです。

AIが勝手に僕をどこかへ連れていくのではなく、僕が指さした方向へ進むのを助けてくれる。

今のところ、僕はこの関係が理想に近いと感じています。

もちろん、これからできることが増えれば、任せることも増えると思います。そのたびに、どこを自分で決め、どこを手伝ってもらうのかは考えないといけません。

それでも、やりたいことを一人で抱えて、いつかやろうと思い続けるよりはいい。

「こんなことをしたい」とチャコに話してみる。

そこから相談して、整えて、実際の形にする。

やりたいことを決めるのは僕。

それを現実にしやすくしてくれるのがチャコ。

今の僕には、このくらいの距離感がちょうどええみたいです。

「チームで支援する」の中で、ひとりになってしまうこと

2026年7月26日。津久井やまゆり園事件から10年になるというニュースを見ました。

2016年7月26日、神奈川県相模原市の障害者支援施設「津久井やまゆり園」で、19人が亡くなり、27人が負傷しました。亡くなられた方々を悼み、被害に遭われた方、ご家族や関係者の方々に、あらためて心を寄せたいと思います。

この事件について書く以上、最初にはっきりさせておきたいことがあります。

事件を起こした責任は、事件を起こした本人にあります。

支援の仕事が大変だったから、職場で孤立していたから、といった話で加害行為を説明したり、まして正当化したりすることはできません。僕は加害者の内面も、当時の職場の実情も知りません。それらを推測でつなげるつもりもありません。

そして、障害の程度や意思表示の方法によって、人の命や存在の価値が変わることもありません。

そのうえで、事件から10年というニュースをきっかけに、僕自身が支援に関わっていた頃のことを考えました。

「分からない」まま支援すること

僕は以前、重度の知的障害や行動障害のある人の支援に関わったことがあります。

支援の仕事では、「本人の意思を尊重する」という言葉を何度も聞きます。もちろん、とても大切なことです。けれど、現場では本人の意思を簡単には確かめられない場面もありました。

言葉で希望を聞くことが難しい。こちらの問いかけが伝わっているのか分からない。表情や仕草から気持ちを読み取ろうとしても、それが本当に合っているのか確信が持てない。

こちらは良かれと思って動きます。

落ち着いて過ごせるようにしたい。危険を避けたい。嫌な思いをさせたくない。できることなら楽しい時間を増やしたい。

でも、その「良かれと思って」が本当に本人にとって良いことなのか、最後まで分からないことがあります。

自分の都合を、支援という言葉で包んでいるだけではないか。安全を優先するあまり、本人の選択肢を狭めていないか。反対に、意思を尊重しようとして、本人に無理をさせていないか。

考えれば考えるほど、正解が遠ざかるように感じることもありました。

支援を受ける本人の気持ちが最も大切なのに、その本人の気持ちを自分が正しく理解できているのか分からない。その分からなさは、僕にとってかなり重いものでした。

チームの中でも、ひとりになる

福祉の現場では「チーム支援」という言葉がよく使われます。

一人で判断せず、職員同士で情報を共有する。記録を残す。家族や医療、関係機関とも連携する。いろいろな視点を持ち寄り、本人にとってより良い支援を考える。

考え方としては、その通りやと思います。

ただ、「チームで支援している」という形があることと、支援する一人ひとりが孤立していないことは、同じではありません。

申し送りも会議もある。周りには同僚もいる。それでも、自分がその瞬間にした判断への迷いは、自分の中に残ります。

「あの対応で良かったんやろうか」

「本人は本当は嫌だったんじゃないか」

「こんなことも分からない自分は、支援者として駄目なんじゃないか」

そういう話は、意外と口に出しにくいものです。

忙しい現場で立ち止まって考える余裕がないこともあります。周りの職員が迷わず動いているように見えると、自分だけが分かっていないような気持ちにもなります。

弱音を吐けば、仕事ができないと思われるかもしれない。本人への不満だと受け取られるかもしれない。誰かを責めたいわけではないからこそ、言葉にしづらい。

そうして、「分からない」が少しずつ自分の中にたまっていきます。

僕にも、支援に関わりながら虚しさや孤立を感じたことがありました。

誰かの役に立ちたくて関わっているのに、役に立てているのか分からない。目の前の人を大切にしたいのに、その大切にし方が分からない。

人に囲まれて仕事をしているのに、その迷いだけは一人で抱えているような感覚でした。

必要なのは、すぐに正解を出す人だけではない

では、支援者が分からなさやしんどさを抱え込まないために、何が必要なんやろうか。

僕は、立派な答えを教えてくれる人だけが必要なのではないと思います。

まず、「分からない」と言っても大丈夫な場所が必要です。

「あのとき、どうすれば良かったか分からない」

「本人の気持ちを読み違えているかもしれない」

「今日は正直しんどかった」

そう言ったとき、能力不足として片づけられたり、本人を否定していると決めつけられたりせず、いったん受け止めてもらえること。それだけでも、孤立の仕方は変わると思います。

もちろん、ただ慰め合えば良いわけではありません。支援が適切だったかを振り返り、必要なら方法を変えることも大切です。本人の様子や記録を見直し、複数の人の視点を持ち寄り、ときには外部の専門職にも相談する。

でも、その振り返りをするためにも、最初に迷いを言葉にできなければ始まりません。

「チーム支援」は、人数がそろっていることでも、会議が予定表に入っていることでもないのでしょう。

誰かが抱えた違和感を小さいうちに出せること。分からないと言った人を一人にしないこと。本人について話すだけでなく、支援する側が何に迷い、どこで苦しくなっているかも共有すること。

そして何より、「本人のことを完全に理解した」と簡単に思い込まないこと。

分からないからこそ、見続ける。決めつけずに確かめ続ける。一度決めた支援も、本人の反応を見ながら変えていく。

その慎重さを、個人の根性だけに任せない仕組みが必要なのだと思います。

分からなさを抱えたままでも

僕はもう、当時の自分の判断が全部正しかったとは言えません。

逆に、全部間違っていたとも言えません。

本人の気持ちを完全に理解できた、というきれいな結論もありません。

ただ、分からなかったことや、迷ったことや、虚しくなったことまでなかったことにしたくはありません。それを「向いていなかった」の一言で終わらせるのも違う気がします。

分からなさを感じるのは、目の前の人を分かったつもりにならずに向き合おうとした結果でもあるはずです。

だからこそ、その分からなさを一人で抱え込まなくていい現場であってほしい。

支援を受ける本人の尊厳を中心に置きながら、支援する人もまた、迷いやしんどさを言葉にできること。誰かの迷いをチームの課題として引き受けること。

事件から10年という節目に、僕が自分の経験から考えたのは、そんなことでした。

亡くなられた方々の命を悼みます。そして、障害のある人が一人の人として尊重され、支援に関わる人も孤立せず、分からなさを持ち寄れる社会であってほしいと思います。


参考:

 

 

四国がまだ残っているのに、中国地方の道の駅スタンプラリーも始めました

瀬戸大橋と二冊の道の駅スタンプ帳の挿絵

僕は現在、四国の道の駅スタンプラリーをやっています。

道の駅へ立ち寄り、スタンプブックを開いて、その駅のスタンプを押す。

やっていることだけを説明すると、とても単純です。

しかし、このスタンプを集めるという行為が、なかなか楽しい。

同じ道の駅でも、山の中にあるところ、海の近くにあるところ、温泉が併設されているところ、食べ物に力を入れているところなど、それぞれに特徴があります。

ただスタンプを押して帰るだけではなく、そこへ行くまでの道や、途中で食べたものも含めて思い出になります。

最初は空白ばかりだったスタンプブックに、少しずつスタンプが増えていくのも気持ちがいい。

そんな感じで四国を回り続け、現在の記録では、四国にある道の駅91駅のうち62駅まで押印済みになりました。

残りは29駅です。

62駅まで来たと考えると、かなり進んだように見えます。

でも、残り29駅と考えると、

「まだ結構あるな……」

という気もします(笑)

特に高知や愛媛は、地図で見る以上に移動距離があります。

道の駅同士が近いところなら一日に何駅も回れますが、山道や海沿いを走る場所では、そう簡単には進みません。

営業時間もありますし、スタンプを押せる時間が施設の営業時間と同じとは限りません。

せっかく到着したのに営業時間が終わっていたら、また次回です。

だから、四国の残り29駅を回るだけでも、まだ何回か旅行を計画する必要があります。

普通なら、まず四国を全部終わらせることを考えるでしょう。

ところが僕は、その途中で新しいスタンプブックを買ってしまいました。

中国地方の道の駅スタンプラリーです。

瀬戸大橋を渡って岡山へ

先日の香川旅行では、香川県内の道の駅を回りました。

今回の旅行を終えた時点で、香川県は18駅中13駅まで押印済み。

残りは5駅です。

旅行の帰りは、香川から瀬戸大橋を渡って岡山県へ向かいました。

瀬戸大橋を渡り、最初に立ち寄ったのが「道の駅 一本松展望園」です。

そこで、中国地方の道の駅スタンプブックを購入しました。

四国のスタンプブックは、まだ完成していません。

香川県だけでも、まだ5駅残っています。

四国全体なら、残り29駅です。

それなのに、新しいスタンプブックを手に入れてしまいました(笑)

もちろん、中国地方にも道の駅がたくさんあることは知っています。

スタンプブックを買えば、また新しい旅が始まります。

終わりが遠くなることも分かっています。

それでも、目の前にスタンプブックがあれば欲しくなる。

これはもう、道の駅スタンプラリーをやっている人の習性みたいなものかもしれません。

一本松展望園でスタンプブックを買い、その場で中国地方編の最初のスタンプを押しました。

新しいスタンプブックの最初の一個。

すでにたくさんのスタンプが並んでいる四国の帳面とは違い、こちらはほぼ真っ白です。

これから、この空白が埋まっていく。

そう考えると、また少しワクワクします。

気付けば2駅目も押していた

一本松展望園で最初のスタンプを押したあと、そのまま大阪方面へ帰りました。

そして帰り道で「道の駅 黒井山グリーンパーク」にも立ち寄りました。

当然、スタンプブックは持っています。

せっかく道の駅へ来たのだから、押さない理由はありません。

ということで、中国地方編の2個目のスタンプを押しました。

中国地方の道の駅は全部で108駅。

現在は、そのうち2駅が押印済みです。

つまり、残り106駅。

数字にすると、とんでもないですね(笑)

四国の残り29駅に、中国地方の残り106駅。

ただし、これは合わせて「残り135駅」と考えるものではありません。

四国と中国地方は、それぞれ別のスタンプラリーです。

スタンプブックも違えば、進み方も違います。

四国はすでに62駅まで来ていて、ゴールを意識し始める段階。

中国地方は、まだ2駅だけ。

こちらは、スタートラインに立ったばかりです。

同じ「道の駅スタンプラリー」でも、現在地はまったく違います。

四国については、これまでに押した場所を見ながら、残りをどう効率よく回るか考える。

中国地方については、まず岡山県から少しずつ広げていく。

そんなふうに、別々の旅として考えていくつもりです。

四国も終わっていないのに(笑)

冷静に考えると、四国を制覇してから中国地方を始めてもよかったはずです。

むしろ、そのほうが分かりやすいでしょう。

ひとつ終わらせてから、次へ進む。

普通なら、その順番です。

でも実際の旅行は、ゲームのステージのように、ひとつずつきれいに終わるとは限りません。

今回のように瀬戸大橋を渡って岡山へ入ることもあります。

その途中に道の駅があり、そこに新しいスタンプブックがある。

そうなると、

「四国が終わってからにしよう」

と我慢するより、

「せっかく来たんやから、始めてまえ」

となってしまいます。

僕の場合、道の駅スタンプラリーの目的は、最短で全部のスタンプを集めることだけではありません。

もちろん、最終的には完全制覇したい。

でも、それと同じくらい、次はどこへ行こうかと考えたり、知らない道を走ったり、現地で何か食べたりする時間も楽しいんです。

スタンプブックは、旅行へ出かけるための理由を作ってくれます。

何も目的がないと、

「また今度でいいか」

となりがちな場所でも、

「あそこのスタンプがまだやな」

と思えば行き先の候補になります。

そして一駅押すと、近くにある別の駅も気になります。

そうやって少しずつ行動範囲が広がっていきます。

中国地方のスタンプブックを買ったことで、行きたい場所がまた増えました。

四国がまだ終わっていないのに(笑)

地図にしてみると、現在地が分かりやすい

押した駅が増えてくると、自分でもどこへ行ったのか分かりにくくなります。

そこで、四国と中国地方の道の駅を地図に並べ、押印済みと未押印を色分けしてみました。

四国は91駅中62駅が押印済みで、残り29駅。

中国地方は108駅中2駅が押印済みで、残り106駅。

地図で見ると、四国はスタンプを押した場所がかなり広がっています。

一方、中国地方は岡山県の2駅だけ。

ほぼこれからです。

数字だけを見ると先の長さに少し笑ってしまいますが、地図になれば次の行き先を考えやすくなります。

四国は、残っている地域をまとめて回れるか。

中国地方は、岡山県からどちらへ広げていくか。

同じ地図の中に表示されていても、計画は地方別です。

ここをごちゃ混ぜにすると、

「まだ135駅もある!」

という、とんでもなく大きな話になってしまいます(笑)

まずは四国の残り29駅を意識しながら、中国地方も無理のないときに少しずつ。

そんな進め方がよさそうです。

一気に全部回ろうとすると、移動するだけの旅になってしまいます。

せっかくなら、道の駅ごとの景色や食べ物、その土地までの道も楽しみたい。

スタンプを押すことだけが目的にならないようにしたいと思います。

とはいえ、新しいスタンプ帳に2個だけスタンプが押されているのを見ると、次を押したくなるんですよね。

四国の続きを優先するのか。

それとも、岡山県の続きを少し回ってみるのか。

今後の旅行計画が、また悩ましくなりました。

まぁ、こうやって次の行き先を考えている時間も、スタンプラリーの楽しみのひとつです。

四国は残り29駅。

中国地方は、始まったばかりの2駅。

どちらも焦らず、少しずつ進めていきたいと思います。

以上!このあともご安全に!